日本骨代謝学会

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JSBMR×医薬ジャーナル社共同企画

ASBMR 2016 シニアレポーター レポート
宇田川 信之(松本歯科大学生化学講座)

2016年9月に,ジョージア州アトランタにて第38回米国骨代謝学会(ASBMR 2016)が開催された。破骨細胞および骨吸収関連の発表演題についてのトピックスを紹介する。

はじめに

今年のASBMRは,映画「風と共に去りぬ」(写真1)で知られるジョージア州アトランタにて9月16日から4日間にわたり開催され,1,300を超える発表演題が集まった。今回のASBMR直前9月2日に新しい骨粗鬆症治療薬として期待され開発中であったオダナカチブ(Odanacatib)の開発中止がメルク社から突然発表され,ASBMRにおいてオダナカチブによる脳卒中の発症リスクの速報が報告された。一方,YOUNG INVESTIGATOR AWARDは昨年より多い7名の日本人若手研究者が受賞し,とても喜ばしいことであった。コカコーラ発祥の地(写真2)であるアトランタにて,熱い討論が繰り広げられた。以下,筆者の研究分野である破骨細胞・骨吸収関係のトピックスについて紹介したい。

宇田川 信之
(写真1)「風と共に去りぬ」(Gone With The Wind)の映画シーン
スカーレットがアトランタを訪れた時、必ず寄ったというピディ・パッツ・ポーチという南部料理レストランに飾られている映画シーン写真。

宇田川 信之
(写真2)ワールド・オブ・コカコーラ(コカコーラ博物館)のコレクション
国連加盟国よりも多い国で愛飲されているコカコーラの生まれ故郷であるアトランタの観光名所であるコカコーラ博物館では、世界各国のコカコーラ製品が試飲できる。

破骨細胞性骨吸収および骨代謝カップリング機構に関する研究

紹介演題 [1]
LOFT(the Long-Term Odanacatib Fracture Trial)における心血管安全性試験結果-オダナカチブの開発中止-

研究グループ

Michelle O’Donoghue et al.

  • Brigham and Women’s Hospital / Harvard Medical School
サマリー&コメント

メルク社の研究グループは,LOFTの第<CODE NUMTYPE=SG NUM=8A60>相臨床試験において,きわめて良好な大腿骨頚部骨折抑制効果,椎体骨折抑制効果,非椎体骨折抑制効果が示されたので,予定を繰り上げて同臨床試験を打ち切った。また,重大な有害事象の発生や顎骨壊死の発生報告もなされていなかった。本薬剤は,骨吸収を抑制しながら骨形成を低下させないという骨代謝カップリングにおいて優れた効果を示す低分子化合物であり,有望な新規骨粗鬆症治療薬として大きく期待されていた。

しかし,今回の報告(#1155)によると,脳卒中の発症がオダナカチブ群で109例(1.4%),プラセボ群で86例(1.1%)と若干高い値を示し,独立した第三者機関の分析と判定により,このリスク上昇が有意であると結論され,この結果をもとにオダナカチブの開発中止を決定したとのことであった。リスク上昇の程度は,ハザード比1.32(相対リスク32%上昇)(P=0.03)であった。

紹介演題 [2]
コハク酸はNF-κBシグナルを介して破骨細胞分化を促進する

研究グループ

ニューヨーク大学のグループ

サマリー&コメント

ニューヨーク大学のグループ(#1036)は,2型糖尿病モデルマウスの骨髄間質細胞においてコハク酸の高い発現が認められることを見出した。そして,コハク酸受容体が破骨細胞に強く発現しており,NF-κB(nuclear factor-kappa B)シグナルを介して破骨細胞分化に関与している実験結果を示した。高血糖は骨髄間質細胞においてコハク酸の産生を促進し,破骨細胞性の骨吸収を亢進させる可能性が考えられる。

紹介演題 [3]
破骨細胞前駆細胞が産生する血漿板由来成長因子(PDGF-BB)の骨カップリングにおける重要性

研究グループ

Xu Caoら

  • ジョンホプキンス大学
サマリー&コメント

ジョンホプキンス大学のXu Caoら(#1040)は,破骨細胞前駆細胞においてPDGF-BBを欠損させると,メカニカルストレスによる骨形成促進作用が阻害され,カテプシンK阻害剤投与により骨形成は回復するとする実験結果を発表した。破骨細胞前駆細胞が産生するPDGF-BBの骨代謝カップリングにおける重要性を示している。

紹介演題 [4]
破骨細胞が分泌するセマフォリンファミリータンパク質Slit3の骨カップリングにおける重要性

研究グループ

韓国Ulsan大学のグループ

サマリー&コメント

韓国Ulsan大学のグループ(#FR0167)は,破骨細胞特異的Slit3欠損マウスにおいて骨吸収の促進と骨形成の抑制によって骨量減少が認められることを報告した。神経特異的Slit3欠損マウスは骨の異常は認められなかった。破骨細胞が分泌するクラストカインとしてSlit3が骨代謝カップリングを制御している可能性を示した興味深い内容である。

紹介演題 [5]
破骨細胞特異的Wnt1欠損マウスにおける骨量低下

研究グループ

Ourslerら

  • メイヨクリニック
サマリー&コメント

メイヨクリニックのOurslerら(#1135)は,破骨細胞特異的Wnt1欠損マウスを作製した結果,骨細胞のアポトーシスを見出した。また,Wnt1欠損マウスは皮質骨の厚みや面積が減少し,海面骨量の低下(メスのみ)が認められた。TGF-β(transforming growth factor-β)によって破骨細胞のWnt1産生が促進され,骨芽細胞性の骨形成を制御している可能性を示した。

紹介演題 [6]
RANKLシグナルは黄色ブドウ球菌増殖のニッチを提供する

研究グループ

ワシントン大学のグループ

サマリー&コメント

ワシントン大学のグループ(#FR0170)は,黄色ブドウ球菌を骨芽細胞に感染させると,RANKL(receptor activator of NF-κB ligand)発現が誘導され破骨細胞性の骨吸収が亢進することを示し,RANKL-RANKシグナルが黄色ブドウ球菌増殖に有利な状況を提供することを発表した。

紹介演題 [7]
CD28ファミリーであるICOSリガンドは破骨細胞に発現し,破骨細胞の分化抑制に作用する

研究グループ

イタリアの研究グループ

サマリー&コメント

イタリアの研究グループ(#FR0165)は,CD28ファミリーに属するICOSリガンドが破骨細胞に発現しており,ICOS-Fcで破骨細胞を刺激することにより,破骨細胞の分化が抑制される(リバースシグナル)ことを細胞培養系および骨粗鬆症モデルマウスを用いて示した。

骨・筋・脂肪をめぐる研究

紹介演題 [1]
オステオカルシンシグナルの筋運動における重要性

研究グループ

Karsentyら

  • コロンビア大学
サマリー&コメント

コロンビア大学のKarsentyら(#1037)は,加齢と共にオステオカルシンレベルが上昇することを見出した。そして,筋特異的にオステオカルシンを欠損させたマウスにおいて筋肉量低下が認められることを示した。また彼ら(#1031)は,オステオカルシン受容体を筋特異的に欠損させたマウスにおいて運動能力の低下を見出し,オステオカルシンの筋運動における重要性を提唱した。

紹介演題 [2]
スクレロスチンの脂肪細胞における重要性

研究グループ

ジョンホプキンス大学のグループ

サマリー&コメント

ジョンホプキンス大学のグループ(#1034)は,スクレロスチン欠損マウスにおいて,脂肪細胞におけるWntシグナルが増強し,脂肪量の低下やインスリン抵抗性を上昇させてしまうことから,スクレロスチンの脂肪細胞分化や糖代謝における重要性を提唱した。

紹介演題 [3]
骨細胞におけるカテプシンK発現の重要性

研究グループ

石原 嘉人先生

  • Baron Group
    Department of Oral Medicine, Infection, and Immunity, Harvard School of Dental Medicine
サマリー&コメント

ハーバード大学のBaronグループの石原(#1120)は,カテプシンKが骨細胞に発現していることから,骨細胞特異的にカテプシンKを欠損させたマウスの解析を行った。このマウスにおいては,授乳や不動化による骨吸収亢進およびリモデリングの活性化が防止された。骨細胞性骨溶解メカニズムにカテプシンK陽性の骨細胞が関与する可能性を示している。

癌と骨転移

紹介演題 [1]
スクレロスチン抗体治療は多発性骨髄腫による骨量減少を改善する

研究グループ

Roodmanら

  • インディアナ大学
サマリー&コメント

インディアナ大学のRoodmanら(#1091)は,多発性骨髄腫では骨細胞におけるスクレロスチン発現が高いとの報告をもとに,スクレロスチン抗体をマウス多発性骨髄腫モデルに投与することにより骨量減少を改善すること,スクレロスチン欠損マウスでは骨髄腫細胞による骨量減少が軽減する実験結果を示した。

紹介演題 [2]
癌細胞の休眠状態はN-cadherin陽性の骨芽細胞ニッチにより維持される

研究グループ

Anna Tetiら

  • イタリア
サマリー&コメント

イタリアのAnna Tetiら(#1092)は,N-cadherin陽性のSNO細胞が乳癌細胞に発現するNotch2に作用することにより癌細胞の休眠を維持すること,Notch阻害剤の投与は乳癌細胞の休眠状態を解除し転移を促進する実験結果を示した。

紹介演題 [3]
痛みイオンチャネル(TRPV1)阻害剤は乳癌の増殖・転移を抑制する

研究グループ

米田 俊之先生 ら

  • インディアナ大学医学部
サマリー&コメント

インディアナ大学の米田ら(#1093)は,乳癌細胞は骨髄の感覚神経と血管新生を増加させ,痛みイオンチャネルであるTRPV1アンタゴニストは,乳癌細胞による感覚神経や血管の増加および乳癌細胞の増殖・転移を低下させる実験結果を示した。

紹介演題 [4]
MicroRNA-30の過剰発現は乳癌細胞の骨芽細胞形質を低下させ癌の骨転移を改善する

研究グループ

リヨン大学のグループ

サマリー&コメント

リヨン大学のグループ(#1095)は,MicroRNA-30は転移性の乳癌細胞で発現が低下していることを見出した。さらに,MicroRNA-30を乳癌細胞に過剰発現させることにより,Dickkopf-1(DKK1)の発現を低下させ骨形成抑制作用が解除されるなどにより,癌の骨転移を阻害する実験結果を発表した。

紹介演題 [5]
IL-8は乳癌の骨転移における骨吸収亢進に関与する

研究グループ

Suvaら

  • テキサスA&M大学
サマリー&コメント

テキサスA&M大学のSuvaら(#FR0177)は,乳癌患者における骨吸収亢進がIL-8レベルと正の相関を有していることから,IL-8シグナルはRANKLシグナルと共同に骨吸収促進に作用していることを示した。

おわりに

今回のASBMR開催地アトランタは,1996年にオリンピックが開催された都市(写真3)として有名である。ASBMRの会場となったジョージア・ワールド・コングレス・センターは,柔道・卓球・ハンドボールなどの競技会場として使用された建物である。学会会場に隣接するホテルで行われたネットワーキングエベントでは,Roland Baron会長はじめ多くの参加者が夜遅くまでダンスを楽しみ,ディップにつけたチップス(写真4)とワインを片手に談笑していた。

それにしても,今回のASBMRにおけるオダナカチブ開発中止の悲報には驚いた。開発を牽引してきた故Gideon Rodan先生の名前に由来するオダナカチブという前途有望な骨粗鬆症治療薬は,脳卒中リスクにより消えてしまった。来年デンバーで開催されるASBMRはどんな会議となるのであろうか。

宇田川 信之
(写真3)アトランタオリンピック記念公園
近代オリンピック100周年大会として行われたアトランタオリンピックを記念した公園にあるモニュメント。

宇田川 信之
(写真4)ASBMRネットワーキングエベントにおけるチップスの山
様々なテイストのディップにチップスをつけて、ワイン(有料)と共に楽しむことができた。