日本骨代謝学会

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骨サミット

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基礎系 2018年座談会
骨・運動器領域の基礎研究の国内外の動向

司会
西村 理行 先生(大阪大学大学院歯学研究科生化学教室 教授)

座談会メンバー
石井 優 先生(大阪大学大学院医学系研究科免疫細胞生物学 教授)
齋藤 琢 先生(東京大学医学部附属病院整形外科 准教授)
道上 敏美 先生(大阪母子医療センター研究所環境影響部門 部長)

骨細胞の研究の進歩と課題

西村次に、道上先生に骨細胞の研究に関して、現状や最近のトピックスなどをお話しいただきます。

道上骨細胞の研究は、特異的に発現する分子の発見を契機に、この十数年で大きく進歩しました。例えば、骨硬化性疾患の責任遺伝子としてスクレロスチンをコードするSOSTが同定され、骨細胞の骨量制御における重要性がわかってきました。また、リン酸利尿因子である線維芽細胞増殖因子(FGF)23や遺伝性低リン血症の責任遺伝子であるPHEX、DMP(Dentin Matrix Protein)1が骨細胞に高発現していることから、骨細胞は内分泌細胞としても機能し、ミネラルの恒常性において中心的な役割を担っていることが明らかになってきました。
これまで、さまざまな遺伝子改変マウスを用いて骨細胞の機能が解明されてきましたが、より詳細な解析を行うためのシステムが必要な段階にきたのではないかと考えています。たとえば、リン代謝における骨細胞の機能を解析するために、培養骨芽細胞/骨細胞にリンを添加したり、マウスに高リン食や低リン食を与えたりしています。骨細胞に対するリンの作用を検討するためには、骨細管や骨小腔内のリンの濃度を調べる必要があるのですが、そういった手法が現在のところありません。細胞株や初代骨細胞などの単層培養で観られる現象は、生体内で起こっていることとは同一ではないと思います。骨細胞周囲で実際に起こっている現象を観察できるようなシステム、骨細胞の微小環境をそのまま生体外に取り出せるようなシステムの開発が必要ではないかと考えています。

道上 敏美先生
道上 敏美先生

西村確かにin vivoin vitroの実験結果が合致しないことが多く、特に骨細胞はその差が大きいので、骨細胞の研究をされている方々は苦労されていると思います。三次元培養系を用いることは、1つのブレークスルーになるのではないでしょうか。

道上おっしゃる通りだと思います。また、ヒトiPS細胞を骨芽細胞、さらに骨細胞に分化させて骨細胞自身の基質および微小環境を作らせて評価を行うことで、ヒトの骨細胞の挙動や機能に関する知見が得られるのではないかと思います。現在の骨細胞の研究は主としてマウスに依存していますが、例えば細胞への力学的負荷のかかり方はヒトとは異なるでしょうし、リン代謝に関しても腸管からのリン吸収量が自由に食事を摂取できるヒトとマウスとでは大きく異なります。マウスで起こっていることがヒトにもすべて当てはまるわけではないため、ヒトiPS細胞を利用したex vivoの骨細胞培養実験系を構築すれば、違ったものが観えてくる可能性があると思います。

リン代謝におけるFGF23発見の影響

西村FGF23の発見は、リン代謝の観点ではどのような影響があったのでしょうか。

道上FGF23の発見後、この分子がさまざまな遺伝性低リン血症性疾患や腫瘍性低リン血症などの病態に関与していることが明らかになり、FGF23関連低リン血症性くる病・骨軟化症という疾患概念が確立されました。FGF23の測定は、まだ保険収載には至っていませんが、くる病・骨軟化症の鑑別診断に用いられております。また、慢性腎臓病(chronic kidney disease:CKD)においてはFGF23値の上昇が心血管イベントの増加に繋がることや、血清リンそのものの上昇も早期の死亡に繋がることがわかってきました。腎臓領域や循環器領域の先生方のリン代謝やFGF23に関する注目度も上がり、この分野の研究は学際的になって発展してきました。
さらにFGF23に対する中和抗体が開発され、遺伝性低リン血症、腫瘍性低リン血症に対する新たな治療戦略として、2018年の4月に米国食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)の承認を受けました。最近ではX連鎖性低リン血症性くる病(X-linked hypophosphatemic rickets:XLH)小児患者に対する抗FGF23抗体Burosumabの第2相臨床試験の結果が、『The New England Journal of Medicine』に報告されています。このように、FGF23研究は、臨床へのアウトプットという点では非常に成功していると思います。
一方、サイエンスという意味では、未解決のまま残っている疑問点もたくさんあります。例えばPHEX遺伝子はXLHの責任遺伝子として1995年に同定されましたが、PHEXの機能喪失によってFGF23が上昇する機序はまだわかっていません。現在、PHEXやDMP1の機能喪失が、FGF受容体(FGFR)の異常な活性化をもたらし、このことがFGF23の過剰産生に繋がることが示唆されています。

リン過不足の感知システム

西村その他に何か、トピックスなどはございますか。

道上私も含めリン代謝の研究者は、最近ではリンの感知機構に注目しています。細菌や酵母などにおいてはリン欠乏状態に適応して生存するために、ある種のリントランスポーターをリンセンサーと用いていることが示されていますが、哺乳類のリンセンサーはまだ同定されておりません。
近年、哺乳類細胞においても細胞外無機リンがシグナルとして働き、FGFRを活性化し、Raf/MEK/ERK経路を介して遺伝子発現を制御することがわかってきました。この事象は骨芽細胞や軟骨細胞、あるいは一般的な細胞株、腸管細胞といった比較的広い範囲に共通して認められます。細胞外無機リン酸の変化がシグナルとして伝達されるということは、哺乳類においても、個々の細胞レベルでは、細菌や酵母のような単細胞生物と同様にリンのavailabilityを感知して適応している可能性を示唆します。
多細胞生物である哺乳類が、個体全体としてのリン過不足を感知する機構についてはまだわかっておらず、リンを感知するのは腸管か骨細胞かという議論が続いています。私見としては、おそらく腸管、副甲状腺、骨細胞などの各臓器・組織がそれぞれリンのavailabilityを感知して適応し、それらの情報の統合の結果として個体レベルでリンの出納が制御されているのではないかと考えています。XLHのモデルであるHypマウスの骨細胞においてはFGFR発現が増加してFGFRシグナルが増強しており、このことから、Hypマウスにおいては低リン血症であるにもかかわらず、FGFR発現増加のために骨細胞がリン過剰状態であると感知し、FGF23過剰産生をもたらしているのではないかとも考えられます。今後、これらの仮説を一つ一つ検証する必要があります。まずは、実際にin vivoでリン過剰負荷が生じた際に、骨小腔内を通過する細胞外液におけるリン値が上昇しているのかどうか、確認する必要があります。

西村血清リン値を上げるホルモンはあるのでしょうか。

道上1,25水酸化ビタミンDは、腸管におけるリンの吸収を高めます。ただ、1,25水酸化ビタミンDの主たる役割は腸管におけるカルシウム吸収の促進作用です。細菌や酵母などは、リン欠乏に適応して体内のリンを維持するシステムをもっていますので、哺乳類においてもそのような機構が進化的に保持されていて、低リン状態のときに血清リン値を上げるシステムは残っていると考えられます。実際、低リン状態で飼育した動物では、腸管におけるⅡb型ナトリウム/リン酸とも輸送担体や腎臓におけるⅡa型ナトリウム/リン酸とも輸送担体の発現が増加して体内にリンを維持する方向に適応します。しかし、高等生物では下等な生物に比較して低リンに晒されるリスクが下がり、逆に高リン状態に晒される可能性が出現してきたことによってFGF23などが進化してきたのではないかと考えています。ですから、血清リン値を上げるシステムは、ヒトにおいては通常は休眠状態になっている可能性があると思っています。
リンと骨石灰化の関係についても触れさせていただきたいと思います。骨石灰化が開始される基質小胞の膜上にはアルカリホスファターゼが局在しており、ピロリン酸などを分解してリン酸を産生することにより石灰化を促進します。ピロリン酸は石灰化阻害物質であり、ピロリン酸合成酵素をコードするENPP1の機能喪失変異は石灰化を亢進して、乳児全身性大動脈石灰化症を引き起こします。一方、同じENPP1変異がFGF23過剰産生をもたらし、低リン血症を引き起こします。興味深いことに、低リン血症患者は加齢とともに後縦靭帯骨化症(OPLL)を起こしていきます。このように、脊椎動物においてリン代謝は石灰化と密接に関連しており、リンに対する応答性と我々が考えている事象が、リンそのものに応答しているのか、それとも石灰化に応答しているのかという点を検討する必要があると思います。
骨芽細胞へのリン添加による石灰化や遺伝子発現誘導については、ナトリウム/リン酸共輸送担体の関与が推察されますが、骨芽細胞そのものへのリンの作用と、基質小胞へのリン流入の作用を分けて考える必要があります。最近、ナトリウム/リン酸共輸送担体については、PiT1とPiT2のダブルノックアウトマウスの解析なども報告されております。

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