日本骨代謝学会

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骨サミット

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2020年 WEB座談会
骨ミネラル代謝研究・臨床における国内外の動向

司会
福本 誠二 先生(徳島大学先端酵素学研究所 藤井節郎記念医科学センター 特任教授)

座談会メンバー
網塚 憲生 先生(北海道大学大学院歯学研究科口腔健康科学講座硬組織発生生物学教室 教授)
斎藤 充 先生(東京慈恵会医科大学整形外科 教授)
妻木 範行 先生(京都大学iPS細胞研究所増殖分化機構研究部門細胞誘導制御学分野 教授)

福本それでは,妻木先生に再生についてお伺いしたいと思います.運動器疾患に対してステミラック等も臨床応用されていますし,再生医療が発達してきているわけですが,運動器疾患に対する再生医療の現状ですとか,いろいろな方法の特徴についてお話いただきたいと思います.

妻木はい.運動器としては骨,軟骨,靭帯,腱が対象になると考えます..いまいわれましたステミラックは脊髄,神経などが対象にになると思います.神経と構造器官とでは目指すところが少し違うと考えます.運動器の骨,軟骨,靭帯というのは物理的な強度を求められますので,それを治すことが目標になると思います.一方,神経は力学的なfunctionではなくて,神経刺激を伝達するということが目標になるので,同じ再生といっても自ずとアプローチは違ってくると思います.骨,軟骨,靭帯の場合には力学的強度は細胞外マトリックスで与えられますので,この細胞外マトリックスをいかに再生するかというところが目標になると思っています.骨に関しては医学的にinterventionしなくても再生するので,再生に関しては軟骨ほどには活発に研究されていないというのが現状だと思います.軟骨は治らない.特に軟骨内欠損などは血もでないし,治らないので何らかの処置が必要とされています.最初は細胞だけを移植する軟骨細胞移植が開発されました.軟骨細胞を細胞外マトリックスからはずしてバラバラにして培養すると脱分化して線維芽細胞様になりますので,次は細胞外マトリックスも一緒に移植する方法が開発されました.マトリックスについては人工的なスキャホールドを使ったり,あるいは軟骨細胞自身にマトリックスをつくらせて,軟骨組織をつくって移植するということが目標になってきます.一方,骨の場合も,骨の組織を体の外でつくって移植するということが大きな骨欠損の場合には有効です.しかし,軟骨については軟骨細胞一種類で済みますが,骨を作る場合は骨芽細胞と骨細胞に加えてlineageが異なる破骨細胞が必要です.そして更には血管も必要ですので,これらをin vitroでつくるというのはこれからの大きな研究テーマだろうと思います.骨組織を体外でつくって骨欠損に移植した後には,remodelingが必要で,局所に応じた骨質を獲得していくことが必要になります.ここまでお話したのは,移植する細胞なり基質が移植した先の修復組織の構造を構成するという再生治療のアプローチですが,それに対して先ほどいわれたステミラックにおいては,間葉系幹細胞を静脈内投与します.その修復機序は,間葉系幹細胞が局所に到達後に,神経細胞に分化して修復神経組織を構成するという考えもありますが,それよりもむしろ投与した間葉系幹細胞が液性因子を分泌し,それが患者さん自身の神経細胞を刺激して治すという機序が理解されているところだと思います.幹細胞というのは定義としては本来,self-renewal即ちいくらでも増やすことができるということと,いくらでも増やしたあとでも分化能を保っているということの二つが必要ですが,こういう状態を培養でキープするためには,幹細胞というのは生体内ではNicheという特殊な環境が必要ですから,培養でそのような環境を再現する必要があります.逆にそういう環境を再現しないことには培養で幹細胞をキープできないはずだと考えます.環境を用意せずとも増殖と性質をキープできるのは癌細胞,細胞株です.間葉系幹細胞については,plastic dishで培養され,継代していくと細胞老化も起こるし,分化能も低下していくということで,現状の培養条件では幹細胞の定義は満たしていません.間葉系幹細胞を移植したときに起きる修復の機序としては,移植した細胞が何らかのgrowth factorを分泌して患者さん自身のprogeniter cellを刺激し,修復組織が作られることだと理解されていると考えています.

妻木 範行先生
妻木 範行先生

福本ありがとうございました.軟骨の再生ですけれど,現状でどういう方法が臨床に一番近いと考えられているのでしょうか.

妻木軟骨細胞の移植が臨床で行われています.体のあまり体重のかからないところから軟骨を採って,マトリックスを分解し,軟骨細胞だけ培養して増やして,増やしたあと移植するというのはすでに保険収載されて行われています.最初は細胞だけでしたが,改良されて,基質に入れて移植する,あるいはコラーゲンの膜で蓋をして,その下に移植細胞を入れることでより修復が良いという報告になっています.われわれの話になりますが,iPS細胞を使って,iPS細胞から軟骨細胞,そしてさらに軟骨をつくって移植するという計画の承認を受けましたので,これから臨床試験を始めようとしているところです.ただ,再生治療で細胞移植を臨床応用するときには有効性も必要ですが,安全性に対する注意が必要で,移植した細胞が腫瘍になったり,癌になったりしないかという懸念が常にありますので,これを非臨床試験でリスク評価をきっちり行うことが必要になります.一般に,絶対に腫瘍にならないことを証明するのは難しいので,動物試験を含めた試験系でリスク評価をして腫瘍は起こらない,あるいは起こりにくいということを理論的に可能な限り説明することが必要になります.

福本自己の軟骨細胞を使う場合と,iPSを使う場合のメリット・デメリットを簡単に教えていただけますか.

妻木はい.自己の細胞を使う場合には,自分の細胞を採って増やして,また移植するということで二回手術が必要なのと,自分の細胞を採るというのがかなり医療費のコスト高の原因になります.そこで自己ではなくて同種細胞というのがこれからの一つの方向になると思います.軟骨は血管が無く,細胞がマトリックスに囲まれていますから軟骨移植しても拒絶反応が起こりにくいということがいわれています.同種軟骨移植が海外では行われています.同種移植というのは亡くなられた方から軟骨や軟骨細胞を採取して移植することです.同種の場合は軟骨をたくさん採れますから,軟骨を増やさずに移植できますので質のいい軟骨を移植できます.iPS細胞は受精卵みたいなものですので分化方法をいいものにしていけば理論的には正常に近い軟骨がつくれます.iPS細胞から作った軟骨を移植する場合においても,自分のiPS細胞をまず用意し,それを材料にして軟骨を作って移植するのが理想的ではあります.しかし,それはコストがあまりにかかりますので同種iPS細胞を使う方向になっています..同種移植をするときには拒絶反応が起きます.軟骨は拒絶反応が起こりにくいのでわれわれは同種iPS細胞から軟骨を作り,HLA合わさず,免疫抑制剤使わずに移植する計画をしています.しかし,そうではない組織,例えば骨など拒絶が起きやすい組織の場合は,二つのalleleでHLAのタイプが同じ方,即ちHLAがホモの方を探して,その方からiPS細胞をつくってバンク化することが行われています.将来的にはHLAノックアウトしたiPS細胞を作ることも始められています.ただ,HLAが無いとNK細胞による免疫反応を惹起しますので1座だけHLA locusを残すように改良が加えられて実現されようとしています.

福本ありがとうございました.再生についてですが,この点について斎藤先生.網塚先生.なにかご質問などありますでしょうか.

網塚軟骨ではなく骨について何点か教えていただきたいのですが,たとえば,口腔外科手術では,非常に大きな顎欠損,あるいは,下顎骨区域切除術において血管柄付腓骨皮などを使うことが多くなっております.一方,小さな骨欠損だったら骨補填材とかそういうものでいいのですけれど,今のところ,自家骨でやるのが一番良いようです.しかし,やはり自分の骨を採取するとなると,患者さんの負担が大きいですし,また,採取できる骨の量にも限界があります.したがって,人工の骨補填材による骨再生ができればという話なります.それを考えた場合,以前,骨形成蛋白(BMP)が一時期に脚光を浴びましたが,実際には一般的に普及するまでに至りませんでした.あれほど効果があると多数の論文が報告していたにも関わらず,BMPは,何故,それほどの効果を示さなかったのか不思議です.思うに,BMPをはじめとする成長因子・局所因子を高濃度で留めておかなくてはいけないのではないか,コラーゲン線維とBMPが結合することが過去の論文に出ていますが,圧倒的に「量の問題」があって,コラーゲンだけでBMPを結合するのも量的に限度があったのではないかと.そこで,コラーゲンではなく,様々な荷電を示す糖鎖やプロトグリカンにBMPなどの成長因子を高濃度で保持できないでしょうか.糖鎖をスキャホールドとして応用して成功している例があれば,是非,教えてください.

妻木糖鎖のところは私もあまりよくわからないところで,申し訳ないですが,おっしゃるように再生に必要な分子と考えます.BMPも必要な分子です.1個入れたら全てよくなるというmaster regulatorのような分子が存在するという仮定はできるのでしょうけれど,現実にはそう都合のいいものはなかなかないだろうと考えます.ですから,複数の必要な因子を科学的に見つけ出して順番に局所に供給することが合理的なアプローチになると思います.そのなかに成長因子だったり,糖鎖合成酵素といったものを誘導できるような物質を見つけ出して投与するということが必要になると思います.その一方で,安定的に骨の形質を保っている骨の細胞を投与できれば,その骨の細胞が必要な因子を供給してくれるはずです.成長因子なり,糖鎖の修飾なり,修復に必要な因子をその細胞がすべて供給してくれます.そうなると,どんな細胞を投与したら良いのかという研究になり,必要な分子を探索するという分子レベルでの研究がストップします.しかし,細胞は適切な環境がないと変性,脱分化してしまいますので,安定的に細胞の形質を保つために必要な因子,分子を理解するということが絶対に必要だと思います.そういう意味ではfibulaの移植というのは生きた細胞と適切な骨の基質をセットにして移植しています.移植後は局所の力学的環境に従って適切にremodelingを起こしていくということだと思います.だから,fibulaに代わるようなものをつくれたらいいだろうと思いました.

網塚わかりました.ということはもし可能であれば,腓骨みたいな骨をつくってから移植できれば,拒絶反応などの問題もあるかもしれないが,そちらのほうが望ましいということですね.

妻木そうです.fibulaが行っている修復機序を分子レベルで解明して,必要な因子と,それらをどういう順序で投与すると良いかというところがわかればそのように投与するのが目指す治療だと考えます.

福本斎藤先生.なにかありますでしょうか.

斎藤軟骨のことで質問させていただきたいと思います.軟骨を再生して欠損部に充填していい軟骨をつくるというのは,スポーツ選手とか,若い年代で傷害や疼痛がある人に対して一般化されて保険適用になっていると思いますが,軟骨再生をされておられる先生方は将来的にはOAの人工関節の数を減らすためという目的でも研究をされていると思います.OAに対する細胞を使った再生医療はどういったストラテジーで計画されているのでしょうか.

妻木はい,技術的に考えると限局した欠損が手術的なテクニカルの問題で細胞を使った再生治療のいい適用だと考えます.OAは広汎に欠損していますので,細胞をそこに留めておくというのは技術的に困難です.板状の軟骨みたいなものをつくって表面に貼り付けることが必要になってきますが,最初から強度のある板状軟骨をvitroでつくるというのは技術的に難しいです.そもそも,ある程度大きな軟骨の組織をつくることから技術開発が必要です.基本的にOAの治療方法開発は薬を探す方向だと思います.一方,限局的な軟骨欠損は細胞や組織の移植で対応可能です.OA末期で軟骨がなくなってしまえば薬もだめで外科的手術が必要になると思いますが,軟骨変性を直せる薬が開発できれば,早期のOAの段階は投薬で治療することが人工関節を減らす後押しになるだろうと考えています.限局的なfocalな欠損面積をの軟骨損傷から始めて,ちょっとでも大きな欠損修復できるような技術開発を一つ進めていく,OAに対してはそういった技術開発を再生治療のほうからは目指していきたいと思っています.

斎藤若年者の軟骨再生を誘導する一手段として軟骨下骨まで小さな穴をあけ,そこから骨髄液を漏出させ線維軟骨を誘導することが臨床で行われています.これは硝子軟骨ではありませんが,必ずしも痛みを伴ったりするわけではありません.このような観点から,軟骨の再生は線維軟骨でも良いのか,硝子軟骨がより良いのかについてはどのように考えていらっしゃいますでしょうか.やはり長期間にわたり硝子軟骨を維持することが大事なのか,線維軟骨としてできればいいのかですが.

妻木前者のほうですね.ヒトで長期のconvincingなデータというのはないと思いますので,理論的なことになってしまうと思いますが,線維軟骨と硝子軟骨とでは力学的特性が違いますので,いったん線維軟骨で修復されていい臨床成績を得たとしても,長期でみると線維軟骨は力学的に劣りますのでその後また変性していくという報告がされています.いい軟骨で治すことでより長期に軟骨の粘弾性特性を保ったまま,より長期に保つことで将来のOA変化を防ぐという方向を考えています.

斎藤わかりました.ありがとうございました.

福本少し話題が変わりますが,妻木先生は数年前にスタチンの新たな作用を『Nature』に発表されました.最近はタダラフィルなどの,いわゆるerectile dysfunctionに使う薬が骨量を増やすという報告もあります.Drug repositioningの現状といいますか,課題について何かご意見ありますでしょうか.

妻木Drug repositioningというのは,既存のすでに使われている薬を別の疾患の治療薬の適用にしようというアプローチです.われわれは希少疾患を対象として研究していますが,その一方で患者数の多い疾患も対象になると思います.この二つでアプローチ.考えかたが違ってくると思います.患者数の多い疾患で薬がみつかれば製薬企業にとってはコマーシャルベースに乗りますので,製薬会社でも研究開発されて,候補薬がみつかれば治験が行われます.治験には費用がかかって,場合によっては安全性とか有効性の問題で薬にならなかったなど,企業からすれば投下した資本を回収できないというリスクがあると思います.患者数が多い疾患にはリスクを冒して研究開発することが可能ですが,患者数の少ない希少疾患の場合はは新しい薬の開発というインセンティブというか,モチベーションが製薬企業には働きません.大学などで新しい薬がみつかってもそれを治験する企業が現れにくいです.患者数が少ないのでマーケットが小さいため,研究や治験に投じた費用が回収できないためです.一方,既存の薬であれば安全性についてはすでに情報がありますので,別の疾患の患者さんにこれくらい投与しても副作用が受け入れられるレベルだということがわかっていますので,非臨床試験なしで治験に入れます.すると製薬企業にとっても資金の負担が少ないので,希少疾患に対して既存の薬で効きそうだということがわかれば,治験をしてもらえる可能性があります.希少疾患に対しては既存薬の中から治療薬を探すアプローチが有効です.骨代謝学会の範疇の疾患で希少疾患というのは,骨系統疾患がメインで,患者さんは子供ですね.小児に使える既存薬というのは実はあまりありません.既存薬には,生活習慣病や癌など,成人が対象の物が多いです.小児の希少疾患に対して,drug repositioningで効きそうだという候補薬が既存薬の中からみつかった場合でも,子供に対するデータがない場合は,その部分については非臨床データを作り直さないといけません.スタチンもそうでして,大人に対する安全性のデータはあるのですが,子供に対しては十分ではありません.対象にする疾患特有の状況というのも考えないといけないということになります.

福本なかなか難しいところですね.

妻木そうです.どの疾患を対象にするかということですが,京大の戸口田先生らはFOPの治療薬としてラパマイシンを見つけられました.ラパマイシンは大人にも投与されていますし,子供にも投与されています.子供のデータがあったので小児のFOPの患者さんにも使用できので,スムーズにいかれた.そういうことがあります.あとは製薬企業が薬の特許を持っているかどうかも影響します.昔の薬は特許が切れていますので,特許切れの薬では製薬会社は新たな投資がしにくく,drug repositioningであっても難しくなってくるという状況があります.一番良いのは対象とする疾患が,その疾患の患者さんの年齢で,すでに別の疾患で投与されているということと,特許の期間が十分に残っている薬であることがいいと思います.

福本さまざまな条件が合わないと上手く行かないということですね.

斎藤いま言ったのは理想的な話で,理想が全部揃うというのはかなり稀なことだと思います.そうでなくても,部分的にでも条件が合えば開発しやすいということはあると思います.

福本この点について何かありますでしょうか.

網塚骨代謝関係で子供に対する薬として記憶にあるのは,ヒトの組織非特異型アルカリホスファターゼにIgGのFc領域とアスパラギン酸を結合させたストレンジックです.学会講演でのビデオで見せてもらっただけですが,最初全然歩けなかった子供が走れるまでになったのを見たときには,とても感激しました.ストレンジックは成功例ですが,妻木先生がおっしゃるように製薬会社のパテントの問題や子供のデータが少ないということを考えると,なかなか難しいのだな,といまお聞きして思いました.

福本ありがとうございました.

おわりに

福本最後に,先生方ご自身が興味あることでもいいですし,関連分野に関してでも構いませんが,今後の展望と課題についてお一人ずつお話いただきたいと思います.斎藤先生には,運動器疾患研究の課題と展望ということでお話いただけますでしょうか.

斎藤骨粗鬆症の予防と治療のガイドラインについて思うところがあります.現行のガイドラインは,あくまで「原発性骨粗鬆症」のガイドラインであって,生活習慣病などを患っている方には治療介入のフローチャートに落とし込むことができません.FRAXのような原発性骨粗鬆症にかかわらず,様々な骨折リスク因子を盛り込んだアルゴリズムこそ目の前にいる患者さんの評価に使うべきものであり,それをもとに治療介入を決められるようにすべきと考えています.目の前の患者さんは,「私は原発性です」「私は続発性の要素があります」なんて言ってくれません.人生100年時代をむかえ,純粋な原発性骨粗鬆症の患者さんのほうが少ないです.
そして,いかに逐次療法を進めていくかも重要です.骨折リスク因子である性ホルモンの減少は,生涯改善することはありません.すなわち薬剤が体内から代謝されれば,性ホルモンの減少のあおりを受け再び破骨細胞は息を吹き返し骨密度,骨構造,骨質は低下します.すなわち治療は生涯継続する必要があると言えます.ビスホスホネートのようにハイドロキシアパタイトに長期間結合する薬剤は骨折リスクが低減したら一時休薬はできますが,ビスホスホネートが骨から代謝されてしまえば,骨密度は低下し骨折リスクが高まることは報告されています.その際に患者さんの非定型骨折のリスクファクター,骨折そのもののリスクファクターを評価して, どの薬にスイッチしていくのがいいのか常に考えて行かねばなりません.長期の治療を考える上でも,薬剤が骨密度や,構造,コラーゲンなどの材質に対して及ぼす影響を明らかにしておく必要があります.最後に,一つ解明したい疑問があります.私の博士論文は,ヒト骨の荷重骨,非荷重骨.6部位のコラーゲンの成熟・老化の変化を解析しました.荷重と非荷重では加齢に伴う差はありませんでした.非荷重骨は荷重負荷を受けていないのにも関わらず荷重骨と同等のコラーゲンの成熟を来します.これは骨密度でも同じことが言えます.たとえばベッドレスト(寝たきり)となると下肢の骨密度は低下しますが,非荷重骨である上肢の骨密度は低下しません.非荷重骨は荷重などかからなくても,1Gという重力と骨周囲の筋収縮から得られるメカニカルストレスのみで荷重骨と同等の骨でありつづけます.この非荷重骨の秘密を解き明かしたいと思っています.

福本ありがとうございます.先ほど網塚先生がおっしゃっていたことに近いですね.網塚先生には,骨ミネラル研究の課題と展望についてご意見をいただきたいと思います.

網塚これに関しては,座長を務めていただいている福本先生のグループが,血中のFGF23濃度とリン濃度の関係について『Proc Natl Acad Sci. USA』に報告された論文は,私にとっては非常にインパクトがありました.ムチン型糖鎖転移酵であるGALNT3は,FGF23にO-linked glycosylationを誘導することで,FGF23の切断を防ぐことが知られています.福本先生のグループは,その過程において,FGFレセプター1c(FGFR1c)にリガンドが結合してGALNT3の発現を増強させるのではなく,血中のリン濃度が上昇するとGALNT3の発現が上がるという報告をされています.一方,ローレン・ベックの論文では,Pit1でなくてPit2が血中リン酸に呼応したFGF23の発現に関与すると発表しています.ところが別の論文では,血液中のリン酸が細胞内に入ることが重要なのではなくて,Pit1とPit2のヘテロダイマー形成とそこからのシグナル伝達が重要であることが述べられています.Pit1およびPit2は,通常は,各々ホモダイマーを作るが,いくつかはヘテロダイマーを作っていて,特に細胞外リン濃度が上がるとヘテロダイマーが作られて,MAP kinaseやERKシグナルが誘導されるという内容でした.
血中カルシウム濃度については,フリーのカルシウムイオンとして存在しており,カルシウム受容体の存在があるわけですが,リン酸イオンについては,無論,フリーの無機リン酸もあるわけですが,一方で有機化合物として存在するリン酸も数多く存在し,局所的にはENPP1やANKが作用することが知られています.全身における血中リン濃度の制御については,リン酸イオン受容体のようなものがあってコントロールしている可能性もないわけではありませんが,今回,福本先生のグループのご研究やPit1/Pit2のヘテロダイマー形成についての論文を見てゆくと,血中のリン酸イオン濃度が,直接,フィードバックするのではなく,FGF23のO-linked glycosylationを誘導することで血中FGF23濃度を上昇させて,血中リン酸濃度を制御する可能性が綺麗に説明されていると思いました.ただし,FGF23については,様々な作用が報告されており,最近,心臓からFGF23が産生されるという話,また,腎臓からFGF23の産生を制御するグリセロール酸リン酸が分泌される報告も出されています.今後,腎と骨のあいだをつなぐ血中のリンとFGF23の解明が詳しくわかってくる時代がくるのではないかという印象を受けています.

福本ありがとうございます.FGF23産生調節に関しては,複雑すぎるので今日はこれまでにしておきたいと思います.最後は妻木先生に再生医療の課題と展望についてお話いただきたいと思います.

妻木再生治療は細胞を投与するということで考えますと,vitroの培養で目的の細胞へと分化誘導するために,どんな因子をどれくらい加えたらいいかを調べるのは,これまでトライ・アンド・エラーで研究されてきました.目的の細胞でGFPが発現するようなレポーター・コンストラクトを細胞のゲノムにintegrateさせておいて,種々の因子を様々な濃度で投与する幾つもの培養条件を試し,レポーターがオンになるような培養条件を見つけ出して行くことが多かったと思います.しかし今後はテクニカルな進歩をどんどん取り入れていかれるのだろうと思っています.single cell RNA sequenceはかなり可能になってきましたので,細胞1個1個のRNA seqをすることで,周りの細胞からどのようなシグナルを受けて細胞は分化していくのかが理解できるようになるだろうと考えます.そして,その理解を基に,適切な因子を適切なタイミングで加えるという分化プロトコールを作れるのではないかと思います.特にiPS細胞はheterogeneousな細胞の集団なので,single cell RNA sequenceによって細胞間のinteractionが細胞分化に与える影響を理解できると,効率よく目的のタイプの細胞をつくれるようになっていくだろうと思います.その一方で,single cellをRNA-seqしようと思うと細胞をバラバラにしないといけないので,コラゲナーゼなどで細胞外マトリックスを酵素処理する必要があります.酵素処理する過程で,mRNAの発現が変わる可能性があります.軟骨は頑張れば数時間で細胞外マトリックスを消化できると思いますが,骨の場合は,皮質骨に埋まったosteocyteを取り出して,single cell 化するというのは体の中でも一番タフな領域だろうと考えます.元からシングルセルの血液細胞が一番簡単ですが,骨は難しい臓器なのだろうと思います.治療対象の疾患としては,一つは骨系統疾患ですが,これは多くは希少疾患であり,企業が対象とするのは難しいので,アカデミアで治療薬研究を行っていかないといけないと思います.斎藤先生がおっしゃられたOAは,広汎な軟骨変性は再生治療の対象としては簡単ではありませんが,限局的な関節軟骨欠損から少しでもより広い範囲の欠損や変性にも対応できるような方向を見据えて軟骨再生を研究されている先生方が少なからずおられると思います.

福本三人の先生方に,幅広い話を伺いました.これで終わりにしたいと思います.本日は誠にありがとうございました.

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